なかなか本を処分できない。
どんなにくだらない内容の本でも、一度買ってしまうと、「あとで読み返すかもしれない」「いつか必要になるかもしれない」と、つい余計なことを考えてしまう。だが、あとで必要になることなど実際にはほとんどない。
「そのうち読み返す」──そんなのfantasyだ。おとぎ話の世界にしかないことだ。
で。今も、読み返されることのない本が本棚で大量に眠っている。
本の処分を始めてから、「断捨離」の難しさを改めて思い知ったと思う。なかでも大変なのは、やっぱり最後の「離」、つまり物への執着から距離を取ることだ。
一度手に入れた本には、どうしても愛着が湧く。手放すことへの抵抗が、強い感情として立ちはだかる。
本を手放すために、読書日記とこのブログを始めたと以前、書いておきながら、実際の作業は遅々として進んでいない。。。
ただ、書くという行為がやはり、本への執着を断ち切るために最も良い方法だということは、このブログを始めて最も実感したことの一つだ。
感想や新たに得た知識、本への評価──思いつくかぎりを書き尽くす。そうすると、「この本から得られるものは、もう全部得た」という気がしてきて、不思議と手放すことへのためらいが消えていく。
結局のところ、何事もただ知識を得る(input)ことより表現する(output)機会を増やしたほうがいい。とりわけ読書は、そういうものだと思う。
本から得た知識や、そのときに考えたことを自分の言葉で表現し直すことは、思考の整理につながるし、何より精神的にも健全だ。考えたり、思ったりしたことを自分の中で溜め込んでいるよりも、誰かに話したり、書き記したりするほうが、ずっといい。
せっかく本を読んだのだから、そこで感じたことや得た知識を、ただ自分の中に抱え込んでおくだけではもったいない。それを自分の言葉で表現してしまえばいい。そして、いっそのこと公開してしまえばいい。
そう考えれば、本を処分することの意味も必然的に変わってくる。
本を手放すことは、単に「捨てる」という行為ではない。
それは、自分の中にある思考や感情を静かに整理していくための営みでもある。
その過程を支えてくれるのが、「書く」というひと手間だ。
自分にとってそれは、手放すための後押しであり、同時に、自分の内面を整えるためのかけがえのない方法になっている。
まぁ。。。
なかなか進まないのではあるが。。。



コメント