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2019年

  • 2019年9月16日

川端康成『散りぬるを』(1934)

 初出は、1933(昭和8年)年。  5年前に殺された二人の若い女性――― ある作家が、二人への感傷的な思い出を交えながら、事件の訴訟記録をもとに、犯人の心理を推察していく、という話。残された記録から犯人の精神状態と犯行の動機を探っていく。 しかし、それは多分に作家の想像力を交えたもので、決して科学 […]

  • 2019年9月15日

川端康成『片腕』(1964)

 ふと私には、この片腕とその母体の娘とは無限の遠さにあるかのように感じられた。この片腕は遠い母体のところまで、はたして帰りつけるのだろうか。私はこの片腕を遠い娘のところまで、はたして返しに行き着けるのだろうか。  ある若い女から片腕を借りてくる物語。  片腕を借りてくるという奇妙な主題は、何かの象徴 […]

  • 2019年9月14日

川端康成『眠れる美女』(1961)

 三島由紀夫は、新潮文庫版に解説を寄せて、この作品を次のように評している。  『眠れる美女』は、形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品である。デカダン気取りの大正文学など遠く及ばぬ真の頽廃がこの作品には横溢している。  この作品は、これ以上ない閉塞状態をしつ […]

  • 2019年9月2日

川端康成短編

『イタリアの歌』  1936年の初出。 川端の代表作『抒情歌』(1932)と同じく「死とそれを受け入れるもの」という主題を引き継いだ作品。だが、この作品の方が「死」がより唐突だ。死を受け入れる側は、突然のことに茫然とし、感情さえ失っているように見える。  不慮の火災事故を引き起こした戦争医学博士の鳥 […]

  • 2019年9月1日

川端康成『花のワルツ』(1937)

 チャイコフスキーのバレエ曲「花のワルツ」を舞台で踊る二人のバレリーナ、鈴子と星江。 二人は舞台の主役であり、振り付けも二人のために考えられたものだ。若い二人はまだ未熟で、互いを認め信頼しつつも、感情の起伏に流されて、舞台袖で言い争いになってしまう。 ここで二人の対照的な性格の違いがはっきりと描かれ […]

  • 2019年6月5日

井伏鱒二『駅前旅館』(1957)

 昭和30年前後の東京、上野。 上野駅前の旅館が舞台。  当時は駅前に呼び込みをしている旅館というのがたくさんあったらしい。当然だが、この時代は、旅先の宿を予約するというのがままならなかった。そこで重要になってくるのが番頭の役割で、同業者同士で客を斡旋する。同業者から客入りの連絡を受けた番頭は、駅ま […]

  • 2019年6月2日

井伏鱒二『本日休診』(1950)

 舞台は、東京鎌田、六郷川沿いにある産婦人科医院。戦災で焼けた医院を立て直して、新たに再出発した。 医師の八春は、甥の伍助に院長の座を継がせて病院経営を任せている。自分は後見人に退いた。が、なぜか院長の伍助よりもはるかに忙しい―――  終戦間もなくの下町風情を描いた風俗小説。作品の発表後、すぐに映画 […]

  • 2019年6月1日

井伏鱒二『遙拝隊長』(1950)

「ばか野郎。敵前だぞォ、伏せえ」  元陸軍中尉の岡崎悠一は、通りすがりの人々に誰彼と見境なく、突然、怒鳴りつけ、戦時中さながらの号令を発している。彼は、戦争がいまだに続いていると錯覚している。。。  この作品は、昭和25年(1950)、戦争の記憶もまだ生々しい頃に書かれている。負傷して帰還し、戦後、 […]

  • 2019年5月25日

井伏鱒二『多甚古村』(1939)

 多甚古村―――  読み方は「たじんこむら」。裏手に山を控え、岸辺近くの南方のどこかの農村、ということまでしか分からない。 「国家危急の際」という言葉が作中、何度か出てくる。だが、人々の暮らしにそれほど逼迫した様子は見られない。おそらく時代は、盧溝橋事件後すぐの日中戦争時。当時は支那事変と呼ばれて、 […]

  • 2019年5月21日

井伏鱒二初期短編

 飄々として、軽妙な人物像。淡々として、起伏のない情景描写。 何が面白いのか、と言われれば、説明に困るような作品。。。それが井伏鱒二の短編に感じることだ。 しかし、文章は平易かつ的確で、目の前にありありと情景が浮かんでくる。この描写の巧みさが、この作家の魅力なのだろう。  井伏鱒二は、早稲田文学部に […]