井伏鱒二『駅前旅館』(1957)

 昭和30年前後の東京、上野。
 上野駅前の旅館が舞台。

 当時は駅前に呼び込みをしている旅館というのがたくさんあったらしい。当然だが、この時代は、旅先の宿を予約するというのがままならなかった。そこで重要になってくるのが番頭の役割で、同業者同士で客を斡旋する。同業者から客入りの連絡を受けた番頭は、駅まで客を迎えに行くという寸法だ。連絡の手段は電文。しかし、それも戦後になって電話へと移り変わっていく。昔かたぎな番頭は、戦後になっても電文にこだわりを持っていたりする。
 そうした番頭のひとり、生野次平がこの物語の主人公。彼の目を通して、上野界隈の当時の番頭家業の様子が語られる。

 駅前旅館では、斡旋されてくる客を迎え入れているわけだから、客のもてなしも大事だった。それも番頭の役割だったようだ。
 客を見物案内し、歓楽街の夜の遊びにも付き合う。連れてく店は、自分の馴染みのところを選ぶ。客を斡旋するわけだから、店からその上前をはねる。そして、客の遊びのおこぼれにもちゃっかりと与るというしたたかさ。

 生野は、当然遊び慣れている。所帯も持たない。かといって生粋の遊び人や渡世人というわけでもない。一線を越えて身を持ち崩すようなことは決してしない。遊びには遊びの流儀があり、人付き合いには義理と人情がある。そうした昔ながらの下町気質な倫理観があったのだろう。
 破天荒なようでつつましい、ふらついているようで堅実。この物語には、当時東京の最大の繁華街だった上野界隈で、そうした堅気と渡世人の間のような絶妙な下町気質の生き方に従う人々が多く登場する。
 引手茶屋の豆女中から工場の寮長になった於菊、口八丁の番頭仲間高沢、三十過ぎて学生をやっている添乗員万年さん、辰巳屋という飲み屋のおかみ、学業優秀でありながら秀才を衒ってか、吉原で豪遊する書生松山、等々。。。
 身を持ち崩さない程度に遊びを知る下町の庶民気質、俗っけたっぷりの職業でも必死に生きる職人気質。。。
 そうした庶民の姿をそのまま物語として残そうとしたのが、この作品の魅力になっている。

 この小説は、生野の独白と回想という形をとっている。

初め貴方様のお話では、「駅前の宿屋風景を知りたい。思い浮かぶままに語ってくれ。くだらないと思ったことでも喋ってくれ。何も彼も繕わずに話してくれ。芝居や小説のように仕組まなくてもいい。在りのままに話してくれ」との御注文で、その実、私は御質問の要点がどこにあるのかよくわかりませんでした。で、前後三回にもわたって、こういう連続独演みたいな真似で、ついべらべらと喋りまして……。

 上野という交通の要で、旅行客相手の商売をする男の仕事ぶりと人となりは、それだけで人々の興味を引く。しかし、作者はこの男の生き方を通して、戦前戦後の繁華街で働く様々な人々の仕事ぶりと下町気質を描いていった。この小説が出版された当時、多くの読者はそこにこの物語の魅力と郷愁を感じたのだろう。
 作品発表後の翌年には森繁久彌とフランキー堺の主演で映画化され、好評を得て、その後10年以上にもわたって、20以上の続編が作られている。

 作品が発表されて60年以上。すでに郷愁を誘うものというよりは、当時の庶民生活を知るための風俗史として読む方が面白い。

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