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情景に溶け込む心情 ― 川端康成短編作品『日雀』『イタリアの歌』

文学逍遥

情景に溶け込む心情 ── 川端康成 短編作品

 川端康成の短編には、風景の一瞬の表情に寄り添うようにして、人の心が描かれている。人々の内面は決して声高に語られることはない。それは、自然の中に沈みこむように、あるいは逆に、何気ない情景からそっと浮かび上がってくる。

 川端の作品では、風景と心情とが分かちがたく結びつき、登場人物の孤独や愛しさ、哀しみといった感情が、空気そのものに滲み出るかのように表現される。自然が語り、人間は静かに聞き入る──そんな繊細な世界である。

 以下の二作品には、そうした情景と心情の交錯が織りなされた描写が典型的になされている。

『日雀』

 1940年の作品。「ヒガラ」と読む。シジュウカラの仲間で、体長10cm程度しかない小鳥。
 川端は昭和7年(1932年)の夏頃から、数多くの小鳥を買い始めている。ホオジロ、コマドリ、紅雀、ミミズクなど多種に亘ったようだ。
 この作品は、作者が各地で小鳥を買い求めて得た経験をそのまま物語にしたものだろう。

 主人公の松雄は、小鳥を買い求めることが過去の女の思い出と密接に結びついている。妻の治子は、夫の鳥道楽と過去の女の話に、半ば呆れ、半ば悲しんでいる。彼女の心を一時、癒すことができたのは、日雀の高く澄んだ、切ないほど長い鳴き声だった──

『イタリアの歌』

 1936年の初出。
 川端の初期の代表作『抒情歌』(1932)と同じく「死とそれを受け入れるもの」という主題を引き継いだ作品。だが、この作品の「死」の方がより唐突だ。死を受け入れる側は、突然のことに茫然とし、感情さえ失っているように見える。

 不慮の火災事故を引き起こした戦争医学博士の鳥居。些細な不注意からガスへと引火し、爆発事故を起こした彼は、重度の熱傷を負って入院している。だが、医師の診断ではもう助からないと見られている。一方、同じ事故に巻き込まれた助手の咲子は、一命を取り留め、鳥居と同じ病院に入院していた。
 咲子は、鳥居の瀕死の容態を前にしても、それを感情として表に表さなかった。

 博士は三十五歳で独身だったので、美しい女助手の咲子が博士の婚約者であろうか、恋人であろうかということが、先ず第一の問題だった。
 咲子がいかに悲しむかを知りたくて、人々は彼女の病室を盗み見して通った。
 咲子は憂え顔を求められたわけである。若く美しい令嬢が片脚と片手に火傷したことへの同情とは、そのようなものであった。

 周囲の人々は、咲子が博士と一体どういう関係だったのかをいぶかしんでいる。
 この作品の中では、咲子の心理はほとんど描写されない。
 ただ最後の場面で、とうとう博士が亡くなった際に、咲子が悲しい様子など全く見せずに、ただ「イタリアの歌」を口ずさむ姿だけが描かれる。
 咲子は博士と将来を約束した仲だったのだ──

 唐突な死を前にして、それを受け入れなければいけないものの悲しみは、一つの歌に象徴して描かれる。彼女の心情は、情景描写の中に溶け込んでいる。余計な描写を極限まで排除して、死を受け入れる者の心の内の悲しみを描いた佳作。

新潮文庫『花のワルツ』所収

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