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恋と芸術の狭間 – 川端康成『花のワルツ』

川端康成『花のワルツ』(1937)

 チャイコフスキーのバレエ曲「花のワルツ」を舞台で踊る二人のバレリーナ、鈴子と星江。
 二人は舞台の主役であり、振り付けも二人のために考えられたものだ。若い二人はまだ未熟で、互いを認め信頼しつつも、感情の起伏に流されて、舞台袖で言い争いになってしまう。
 ここで二人の対照的な性格の違いがはっきりと描かれている。
 一途な性格で責任感が強く世話焼きな鈴子、気分屋でいながら内向的、そして、自らの才能に気が付いていながらそれに怖気づいてもいる星江。二人の恋と芸術に対する考え方の違いが、物語の主軸を織りなしていく。

 踊りを終えた二人に、師匠の竹内が、海外へ留学し、音信の途絶えていた南条が帰ってくると伝える。この南条の存在が、二人の対照的な生き方をはっきりと浮かび上がらせていく。
 南条は、海外で足を痛め、杖がなければ歩けない状態になっていた。踊りはもう諦めていた。

「嘘おっしゃい。私はなににもつかまりたくないの。芸術なんか、ありがたいと思ってませんわ。いつも自分でいたいの。」

 松葉杖に頼ることを偽りとして、自分の力で踊ることを諦めた南条を責める星江。

「南条さんが、悪い人だって、片端者だって、かまやしない。あの人が西洋で覚えて来たことを、みんな習ってしまいたいわ。あの人の持っているものを、みんな取ってやるの。裏切られた者の復讐みたいだけれど、あの人には、そういう愛の意志が必要だわ。私はどんなことしても、南条さんと踊りたいのよ。」

 南条の杖の代わりになるという強い意志を示す鈴子。

 嚙み合わない三人の気持ちは、ぎこちなく、不自然な結末へと導いていく。

 この作品は、本来描かれるべきものが残されたまま、唐突に終わっている。物語の終わり方としては非常に拙く不自然で、作品の未完成さを感じさせる。しかし、川端は中里恒子からこの点を尋ねられた時、続きはもう書けないと答えている。

 一読者としては、この作品は、南条が星江と偶然に出会い、二人が自然の中で踊る場面が描かれていることで、作品として描くべきものはすべて描かれていると考えてよいのではないかと思う。

 保養地のはずれの林の中で、星江との踊りを通して、舞台や観客のない純粋な踊りの意味に気が付く南条。星江に自分の支えになってほしいと頼むが、彼女は、松葉杖で自らを偽る南条を激しく責める。

 星江、南条、鈴子の三人の芸術への理解と気持ちは最後まですれ違うが、この場面において、芸術の一瞬の輝きを描くことができたことで、作者は満足していたのかもしれない。