哲学談戯 芸術創作への方法論 – アリストテレス『詩学』(4c BC) アリストテレス『詩学』(4c BC)「詩」の体系的な把握 アリストテレスは、芸術の本質を「再現」(Mimesis)として捉えている。再現することは、自然を学ぶことであって、人間の本性に由来する。そして、再現されたものを鑑賞することに喜びを見... 2016.08.21 哲学談戯
哲学談戯 対話と議論の理論化 – アリストテレス『弁論術』(4c BC) アリストテレス『弁論術』(4c BC) 私は語り終えた。諸君はしかと聞いた。事実は諸君の手中にある。さあ、判定に入り給え。対話への信頼 よりよい答えというものは、討論や議論の中で生まれてくる。そういった「対話」に対する信頼が、西欧の知的伝統... 2016.08.20 哲学談戯
科学半解 近代知への反論 – 中村雄二郎『臨床の知とは何か』 中村雄二郎『臨床の知とは何か』(1992)臨床の知の発見 近代科学は普遍性、客観性、論理性を中心原理として現実を対象化した。だが一方で、排除されてしまった異なる現実が存在するのではないか? それを中村氏は、「臨床の知」と呼ぶ。では、この臨床... 2016.07.16 科学半解
科学半解 【科学思想史】臨床医学の始まり 臨床的知識とは? 医療の現場では、医療従事者に全く異なる二つの資質が求められている。一つは、病理学をはじめとした基礎医学の知識に基づいて病気を診断する科学的知性。そして、もう一つが、経験に基づく臨床的な知識によって患者に接する対応力だ。それ... 2016.07.15 科学半解
哲学談戯 近代知に代わる知性へ – 中村雄二郎『哲学の現在』 中村雄二郎『哲学の現在』(1977)近代知性のAlternative 自我、身体、認識、宇宙像(cosmology)のそれぞれにおいて、近代的知性の限界を論じた書。 近代的知性の問題とは何だろうか。著者によればそれは、科学的知識とドグマの対... 2016.07.10 哲学談戯
科学半解 【科学思想史】心理学の始まり – 意識の科学的解明へ 意識の科学的探究へ 意識を定義してください――― そう言われたら、あなたはどう答えますか? 意識ってなんだろう? 心?それとも、脳? 実証研究を基礎としてきた近代科学において、「意識」は、極めて捉えがたい存在だった。 客観的な対象としては、... 2016.07.05 科学半解
晴筆雨読 多様なルネサンス像 – 樺山紘一『ルネサンス』 絶版本を読む絶版本の世界へようこそ。あえて絶版本を読み、それを紹介するという誰得?な企画です。樺山紘一『ルネサンス』(1993)近代性の裏に隠れたルネサンスの異なる側面 人間中心主義と合理主義的精神——— 14世紀は、古典文芸の復興の時代で... 2016.06.15 晴筆雨読
方々日誌 左右盲の克服方法(自己経験談) 左右盲とは? 右と左の区別が咄嗟にはつかないこと、またはそのような人の、自称。 色盲などといった既存の言葉から造られたただの俗語であり、このような病名や学術用語が実際にあるわけではない。 ごく一般には、「右」「みぎ」「左」「ひだり」と言葉ま... 2016.05.02 方々日誌
哲学談戯 拡張する身体 – 市川浩『<身>の構造』(1985) 市川浩『<身>の構造』(1985) 初出は1985年。文庫化は1995年。 『精神としての身体』(1975) 発表以降の小論をまとめた論文集。発表された媒体は、新聞、週刊誌、学術誌と多岐に亘っていて、主題も多様である。「身体論を超えて」とい... 2016.04.06 哲学談戯
哲学談戯 心身二元論の克服 – 市川浩『精神としての身体』(1975) 市川浩『精神としての身体』(1975)身体への問い 1975年初出。講談社文庫版は1992年の出版。 身体論を展開した哲学者、市川浩氏の最初の論考。 西欧の近代哲学は17世紀以来、認識論を中心に展開してきた。しかし、認識の根拠を問う際に、身... 2016.04.05 哲学談戯