2016

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科学半解

「臨床の知」と生命倫理——経験に根ざした知性の可能性 – 中村雄二郎『臨床の知とは何か』

中村雄二郎『臨床の知とは何か』(1992)臨床の知の発見 —— 近代科学の限界ともう一つの現実 近代科学は、普遍性・客観性・論理性を中心的な価値とし、世界を分析的に把握する方法を発展させてきた。この枠組みでは、現実は因果律に従う対象として切...
哲学談戯

〈近代知〉の限界とオルタナティヴ──中村雄二郎『哲学の現在』を読む

絶版本を読む絶版本の世界へようこそ。あえて絶版本を読み、それを紹介するという誰得?な企画です。中村雄二郎『哲学の現在』(1977)近代知性のオルタナティヴ(Alternative) 本書は、自我・身体・認識・宇宙像(cosmology)とい...
科学半解

意識はどこから来るのか──情動・言語・他者から見る自己の起源

はじめに:意識の起源を問う 「意識」とは何か。この問いに明快な答えを出すことは、現代の脳科学や哲学においてもなお困難を極める。意識とは単に自己が世界を感じる感覚なのか、それとも記憶や言語と不可分の高度な情報処理の現れなのか。いずれにせよ、意...
科学半解

「意識」はいかにして科学の対象となったか──心理学から脳科学への展開

意識とは何か?──科学が挑んだ「不可視の現実」 心とは何か?そして、「意識」とはどこにあるのか?── 実証主義を基盤とする近代科学において、「意識」という現象は長らく、捉えがたい対象であり続けた。科学的手法の前提となる「客観的観察」の枠組み...
哲学談戯

パスカルの「火の夜」とは何か──理性から信仰へ転回した瞬間を読む

パスカル「火の夜」 17世紀フランスの思想家ブレーズ・パスカルは、数学者・物理学者として近代科学の基礎を築いた一方、後半生においては思想家として独自の思索を展開した。その転換点となったのが、1654年11月23日に起きたとされる決定的な回心...
哲学談戯

パスカルの賭け──理性の時代に抗した思想:パスカルの信仰とその逆説

理性による信仰の意義の証明 17世紀フランスの思想家ブレーズ・パスカルの遺稿集『パンセ』は、人間の現実を鋭く観察した人文主義(モラリスム)文学の傑作として知られている。 しかしこの書物は、彼の死後、未整理の断片を編者が寄せ集めて編纂したもの...
哲学談戯

「考える葦」としての人間──パスカル『パンセ』の人間観を読み解く

パスカル『パンセ』(1670)パスカルが生きた時代と『パンセ』の背景 ブレーズ・パスカルが生きた17世紀のフランスは、長く続いた宗教戦争の混乱を脱し、絶対王制の確立へと向かう安定期に入っていた。「フロンドの乱(1648-1653)」によって...
哲学談戯

パスカルとジャンセニスム──『パンセ』に込められた信仰と理性の対話

ジャンセニスムの源流──ヤンセニウス 17世紀、カトリック教会内部で、ヤンセン主義──フランス語でジャンセニスム(Jansénisme)──と呼ばれる改革的な信仰運動が現れる。その思想的源流となったのが、オランダの神学者コルネリウス・ヤンセ...
晴筆雨読

【年表】ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal, 1623-1662)の生涯と業績

ブレーズ・パスカル 年表年(西暦)年齢出来事・業績社会・歴史的背景1623年06月19日、フランス・クレルモン=フェランに生まれる。父エティエンヌは法律家で数学に関心が深かった。ルイ13世の治世下。宰相リシュリューが中央集権化を推進中。三十...
方々日誌

左右盲の克服方法(自己経験談)

左右盲とは? 右と左の区別が咄嗟にはつかないこと、またはそのような人の、自称。 色盲などといった既存の言葉から造られたただの俗語であり、このような病名や学術用語が実際にあるわけではない。 ごく一般には、「右」「みぎ」「左」「ひだり」と言葉ま...
方々日誌

スライド・ギターの名手、ロイ・ロジャース ── 俳優じゃない方のRoy Rogers

Blues Singer - Roy Rogers YouTubeで偶然見つけたギタリスト、ロイ・ロジャース(Roy Rogers)。検索すると同名の西部劇俳優ばかりが出てくるが、こちらはデルタ・ブルースを得意とするスライド・ギターの名手で...
晴筆雨読

多様性の時代としてのルネサンス——合理と神秘、死と再生の交錯 – 樺山紘一『ルネサンス』

絶版本を読む絶版本の世界へようこそ。あえて絶版本を読み、それを紹介するという誰得?な企画です。樺山紘一『ルネサンス』(1993)近代性の陰に隠れたもう一つのルネサンス像 人間中心主義と合理主義的精神——— 14世紀以降のイタリアに始まり、ヨ...
千言万語

感情は「自然に湧く」ものか、「引き起こされる」ものか──日本と西欧における感情観の文化的相違

感情とは何か? 人はなぜ、嬉しくなったり、悲しくなったりするのだろうか。私たちが日々経験する感情は、どこから来て、どのように表現され、どう理解されているのだろうか。 この素朴な問いを深く掘り下げていくと、日本語と西欧語のあいだに横たわる、感...
哲学談戯

デカルト『情念論』における心身の交差点──デカルト形而上学の終着点

デカルト『情念論』(1649)デカルトの形而上学を総括する書としての『情念論』 ルネ・デカルトが晩年に完成させた最後の著作『情念論』(Les Passions de l’âme, 1649)は、彼の形而上学的思索を総括する書物だと言える。デ...
哲学談戯

なぜデカルトは神の存在を証明しようとしたのか?──存在論から認識論への転換 – デカルト『省察』を読む

デカルト『省察』(1641)『省察』扉絵近代合理性と神への信仰Je pense, donc je suis. ── Cogito ergo sum我思う、ゆえに我あり 「我思う、ゆえに我あり」という言葉は、西洋哲学史の中でもとりわけ有名な命...
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