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本の置き場──本を持たないという読書習慣

方々日誌

本の山

 蔵書が、ざっと見積もって千冊を超えてきた。ここまで増えると、さすがに置き場に困る。本棚はすでに埋まり、床には平積みの山がいくつもでき、ダンボールに詰めた本がうず高く積み上がっている。

 よくもまあ、この狭い部屋にこれだけの本を買いそろえたものだ。我ながら、少しばかり度を越している気がする。

 このままでは地震など災害が起きたら確実に逃げ遅れる。いやその前に本に埋もれて死ぬ。いや、それよりも前に床が抜ける。
 これでは下の階の住人の安全が保障できない。

 置き場を増やせないことはわかっている。となれば、解決方法は必然的にひとつしかない。

 ──これ以上、増やさないことだ。

 あまりにも単純で、あまりにも明快な結論だ。

 もちろん、同時に処分も進めてはいるのだが、これがなかなかうまくいかない。捨てるために引っ張り出した本を、気づけば読み始めてたりする(大片付けあるある)。

 それでも方針は決めた。これからは、できるだけ電子書籍で買うことにする。

 もちろん、電子書籍にも不満はある。紙の本に比べて、ページを行き来する感覚はまだぎこちないし、直感的に「どこに何があったか」を把握しにくい。読書体験としては、完全に同等とは言い難い。

 それでも、置き場を必要とせず、どこへでも持ち運べるという利便性は圧倒的だ。本棚の容量を気にする必要もなければ、床が抜ける心配もない。

 本棚はまだいっぱいだ。でも、これからは少しずつ減らしながら、新しい本は電子の形で迎え入れていく。

本との付き合い方

 狭い部屋の中で、ようやく「本との付き合い方」が見えてきた気がする。

 つい本を買ってしまうのは、本を所有していること自体が、「読んだ」という証のように感じられるからだろう。さらに言えば、知識を手元に保存しているような安心感もある。だがそれは裏を返せば、読んだ内容を自分の中にきちんと留めておくことへの自信のなさの表れでもある。

 電子化することや、読書日記をつけること──そうした方法によって、所有に頼らなくても読書を自分のものにする手段を、最近になって、ようやく見つけつつある気がしている。

 本に囲まれて暮らすという理想と、現実の生活空間。そのあいだで折り合いをつけ始めた。いまの自分は、ちょうどそんな段階にいるのだと思う。

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