Mississippi Deltaとは?
ミシシッピ・デルタとは、ミシシッピ州北西部、ミシシッピ川とヤズー川に挟まれた地域を指す。その特異な人種的、文化的、経済的背景から、「もっとも南部的な地域」とも称されている。
地理学的には三角州(デルタ)ではなく、川に挟まれた低湿地帯(沖積平野)であり、洪水被害の多い地域としても知られている。
もともとこの地は硬木の林に覆われた川沿いの低地であったが、肥沃な土壌を活かして、南北戦争以前からアメリカ有数の綿花栽培地として発展を遂げた。多くの投機家がこの地に引き寄せられ、川沿いに綿花農場を次々と開発していった。農園主たちは多数の黒人奴隷を使役し、裕福な生活を手に入れた。一方で、利益は農園主に集中し、地域全体としては経済的に貧困な状態が続いた。南北戦争以前には、黒人奴隷の人口が白人の2倍に達することもあった。
この地で黒人奴隷たちの間に歌い継がれていた労働歌などが、後にブルースの原型となった。現在も、ミシシッピ・デルタは多くのブルース楽曲の中で歌われ続けている。
「ディープ・サウス(Deep South)」と呼ばれるルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州、ジョージア州、サウスカロライナ州を中心に生まれた初期のブルースは、一般に「カントリー・ブルース(Country Blues)」と呼ばれる。その中でも、ミシシッピ・デルタで生まれた最初期のブルースは特に「デルタ・ブルース(Delta Blues)」と称される。
「カントリー・ブルース」という語には、シカゴなどの大都市を中心に発達した「都市型ブルース(City Blues)」に対する“田舎の”という意味以上のものは含まれないが、「デルタ・ブルース」という呼び名には、より深い意味(connotation)が込められている。
この地域はたしかに肥沃ではあるが、水害が多く、決して住みやすい土地とは言えない。また、多くの黒人にとっては、過酷な労働を象徴する場所でもあった。それにもかかわらず、「デルタ」はブルースの中で郷愁をもって歌われてきた。
この地で暮らした黒人たちにとって、「デルタ」という言葉は非常に両義的な意味を持っていたのだろう。厳しい生活環境であると同時に雄大な自然に囲まれた土地でもあり、重労働の象徴であると同時に、心の拠り所ともなった。
そうした複雑な心情をありのままに歌い上げたのが、デルタ・ブルースである。
Bluesは「悲しみ」を歌ったものだが、そこに悲壮感はあまり感じられない。むしろ、Delta Bluesにはミシシッピ川のゆっくりとした雄大な水の流れに身を任せているかのような自然体の姿が感じられる。悲しみも日々の辛さも、川の流れに身を任せるように自然と吐露したのが、bluesという文化だったのだと思う。
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