ケイジャンとザディコ:アメリカ南部に息づく音楽の複層的な歴史
アメリカ南部ルイジアナ州を代表する音楽に、ケイジャン(Cajun)とザディコ(Zydeco)がある。どちらもアカディア(Acadia)系フランス移民の影響を受けて形成されたルーツ・ミュージックであり、互いにしばしば比較されるが、それぞれが持つ文化的背景や音楽的特徴には明確な違いが存在する。
アカディアからルイジアナへ:音楽の起源
北米東部の大西洋岸、特に現在のアメリカ合衆国メイン州東部からカナダのノバスコシア州一帯にかけての地域は、かつてアカディア(Acadia)と呼ばれていた。この地には17世紀初頭からフランス系移民が入植し、彼らはやがてアカディアン(Acadian)と呼ばれ、独自の文化を築いていった。
しかし18世紀中頃、ヨーロッパにおける列強の覇権争いが北米にも波及する。1756年に始まった七年戦争(英仏戦争)は、北米ではフレンチ・インディアン戦争として展開され、最終的にイギリスがこの地域を制圧した。
その過程で、フランスの影響を恐れたイギリス当局は、フランス語を話しカトリックを信仰するアカディアンたちを「敵性住民」とみなし、1755年から強制的な追放(ル・グラン・デランジュマン:Le Grand Dérangement)を開始。アカディアンは故郷を追われ、北米各地に離散することとなる。
多くのアカディアンはアメリカ南部へと逃れ、やがてスペイン統治下にあったルイジアナ植民地へとたどり着いた。スペインはアカディアンの定住を認め、彼らはルイジアナのバイユー地帯(湿地帯)を中心に新たな共同体を形成していく。
1803年、フランスがナポレオンのもとでルイジアナを再び支配したのち、アメリカ合衆国はこの地をフランスから買収する。これがいわゆるルイジアナ購入(Louisiana Purchase)であり、以後ルイジアナは正式にアメリカ領土の一部となる。
この一連の歴史的移動と政治的変動のなかで、アカディアンの末裔たちは徐々に「ケイジャン(Cajun)」と呼ばれるようになり、独自の文化・言語・音楽を育んでいった。
ケイジャン音楽の特徴:フランス民謡とアメリカ南部文化の融合
ケイジャン音楽は、もともとフランスの田園音楽(Country Music)をベースとし、移住先のルイジアナで他の文化的要素──たとえばスコットランド系、ドイツ系、アイルランド系、ネイティブアメリカン──と混じりながら、独自の民衆音楽として発展していった。
その特徴は、アコースティック楽器主体(バイオリン、アコーディオン、トライアングルなど)で、ダンス音楽としてのリズム感と、フランス語による歌詞が挙げられる。ケイジャンの伝統的な楽曲には、バラッド、ワルツ、ツーステップなどが含まれる。
ザディコの誕生:ブルースとアフリカ系文化の影響
一方、ザディコ(Zydeco)は、ケイジャン音楽に強く影響を受けつつも、アフリカ系アメリカ人──特にクレオール(Creole)と呼ばれる混血文化圏──によって形成された音楽である。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、ケイジャン音楽にブルース、R&B、ゴスペルの要素が加わり、リズムの強調、ブルージーな旋律、英語・クレオール語の使用などを特徴とするザディコが登場した。
ザディコでは、ラブボード(洗濯板を転用した金属製パーカッション)が用いられ、ケイジャンよりもエネルギッシュでファンキーな印象を与える。クリフトン・シェニエ(Clifton Chenier)は、ザディコの創始者として知られ、アコーディオンの名手としても有名だ。
白人と黒人の音楽という分断:文化的背景
20世紀半ばまでは、ケイジャン音楽は主に白人農民層の音楽とされ、ザディコはアフリカ系ルイジアナ人の音楽として人種的に線引きされてきた。
当時のアメリカ南部の強い人種差別的構造のなかで、音楽の内容よりも演奏者の肌の色がジャンルの定義に用いられることも少なくなかった。
だが、1960年代以降、公民権運動やカウンターカルチャーの影響で、人種間の文化的交差が再評価されるようになり、ケイジャンとザディコの垣根も次第に取り払われていく。
現代の融合:ルーツを尊重しつつ新たなサウンドへ
現在では、両者の明確な境界は徐々に曖昧になりつつあり、ケイジャンとザディコを融合させた「ケイデコ(Cajideco)」や、カントリー、ジャズ、ロックなどとミックスした音楽も登場している。
アーティストたちは互いのルーツを尊重しながら、音楽を通じて民族・文化・言語の多層性を表現しているのだ。
音楽フェスティバルでは、同じステージでケイジャンとザディコが演奏されることも珍しくない。両者の共通点と差異を意識的に捉えることで、アメリカ南部文化の「混交性(Creolization)」という本質を、より深く味わうことができる。
聴き比べのすすめ:音楽で辿る歴史とアイデンティティ
もし、ケイジャンとザディコをまだ聴いたことがないなら、まずはそれぞれの代表的な曲を聴き比べてみるとよいだろう。
アコーディオンの軽快なリズム、ヴォーカルの抑揚、身体が自然と踊り出すようなビート──。その中には、アカディアの記憶と、ルイジアナの土着文化、そして人々の生活が響いている。
補足的参考アーティスト/バンド:
- ケイジャン:Dewey Balfa, The Pine Leaf Boys, BeauSoleil
- ザディコ:Clifton Chenier, Buckwheat Zydeco, Rockin’ Dopsie
関連イベント:
- Festival International de Louisiane(ラファイエット)
- New Orleans Jazz & Heritage Festival
Cajun
Zydeco
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