CATEGORY

哲学談戯

  • 2016年3月4日

デカルト『哲学原理』(1644)

新たな世界像の構築  『方法序説』(1637)、『省察』(1641)と哲学的探究を続けてきたデカルトは、1644年、『哲学原理』を刊行する。この著作は、新たな形而上学の構築と、スコラ的自然観に取って代わるべき機械論的、数学的自然観を展開することが狙いで、デカルトの思索の集大成と呼ぶべき作品だ。  極 […]

  • 2016年3月3日

デカルト『省察』(1641)

Je pense, donc je suis. – cogito ergo sum 我思う故に我在り  西洋哲学史の中でも、とりわけ有名なこの言葉は、近代理性の出発点であり、近代哲学の幕開けを告げるものだ。デカルトの思想は、この言葉とともに、近代的な明晰さの象徴として理解されている。   […]

  • 2016年3月2日

デカルト『方法序説』(1637)

デカルトと中世  デカルトの哲学は、近代哲学の出発点だ。 代数学の発明、心身を分離した二元論、機械論的な身体論、数学的、力学的な自然観——— これらはすべて、近代的世界観の基礎をなしている。近代合理主義が彼の思想から始まったと言われるゆえんだ。デカルトの哲学は、現代では、合理的な精神に基づいた思考の […]

  • 2016年3月1日

デカルト『情念論』(1649)

受難、受動、情念  ラテン語の語源的文脈から言うと、西欧諸言語のpassionという言葉は、「受難」「苦しみ」という意味から来ている。苦しみを受けるという体験が、「受動passion」という意味になり、さらにその経験から引き起こされる激しい感情から、「情念passion」という意味にまで広がった。  […]

  • 2015年10月7日

渡邊二郎・西尾幹二編『ニーチェを知る事典』(2013)

 1980年に刊行された書籍の文庫化。  文庫本で800ページ近くある(文字通り)大著。ニーチェの専門家に限らず、多様な分野の研究者ら50人以上の執筆陣が、さまざまな面からニーチェ像を浮かび上がらせている。 やたらと分厚い本だが、各記事は非常に短く、主題も多岐に渡るので、意外に読みやすい。関心のある […]

  • 2015年10月6日

ニーチェ『喜ばしき知恵』(1882)

 来るべき勝利が、いや、かならずや訪れる、ことによるとすでに到来しているかもしれない勝利が……。 およそ予想外のことが起こったかのように、感謝の念がそこここに溢れ出ている。快癒した者の感謝の念が――。  ニーチェは『喜ばしき知恵』の冒頭の一節で、快癒への喜びを語っている。そして、この書物が、長い苦痛 […]

  • 2015年10月5日

ニーチェ『道徳の系譜学』(1887)

『善悪の彼岸』を補う書  ニーチェは、本書の前付けにて、この書を前著『善悪の彼岸』を補足、説明するものと述べている。 『善悪の彼岸』自体が『ツァラトゥストラ』の超人思想を説明するべきものだったはずだ。しかし、『善悪の彼岸』は、ヨーロッパ近代の時代診断へと主題を大きく変えていくことになった。超人よりも […]

  • 2015年10月4日

ニーチェ『善悪の彼岸』(1886)

『ツァラトゥストラ』執筆後のニーチェ  『ツァラトゥストラ』全4部を書き上げたニーチェは、あまりに文学的な表現形式をとってしまったこの著作に対し、理論的な解説書が必要だと感じていた。ニーチェは、1881年に散歩の途中で、永劫回帰の着想を得て、その体験を詩的な形で表現したのが『ツァラトゥストラ』だった […]

  • 2015年10月3日

ニーチェ『ツァラトゥストラ』(1883)

Reader’s High  なんだかめまいの様な、頭がくらくらする感じだ。ニーチェのツァラトゥストラをようやく読み終えた。 これだけ意味不明で脈略のない文章を文庫本上下巻で永遠と読まされ続ければ、誰だってそりゃ、幻惑のようなくらくらした感覚を覚える。そうした読後の一種、高揚した気分の中 […]

  • 2015年8月25日

入不二基義『相対主義の極北』(2001)

相対主義の自己適用化  2001年の著作。 相対主義は相対性そのものを真理として主張する。そのため自己論駁に陥る。本書はこの自己論駁を内在的に極限まで問い詰めた先にどのような思考が立ち現れてくるかを思索したもの。  まず第1章で、相対主義の考え方を六つの局面へと展開するものとして説明している。 1. […]