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【ざっくり解説】北欧神話はこうして伝えられた──エッダとサガの物語

以古為鑑

北欧神話とは

 北欧神話とはスカンディナヴィア地域(スカンディナヴィア半島、ユトランド半島、アイスランド)を中心に居住していたノース人たちの間に伝わる神話。

 ノース人は、北方ゲルマン民族の一派で、古ノルド語を話していた。彼らの文字表記には、独自のルーン文字が用いられていた。古ノルド語は、のちに、デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語、アイスランド語へと別れて発展していく。つまり、北欧言語の祖語が古ノルド語ということになる。

 スカンディナヴィア地域を除く他のゲルマン文化圏では、4世紀頃からキリスト教とラテン語文化に取り込まれていき、古代ゲルマン人の信仰や神話は急速に失われた。そのため、当時の信仰や神話を示す史料は、現代にはほとんど残されていない。

 古代ローマ時代の紀元前50年頃に書かれたカエサルの『ガリア戦記』や、1世紀頃の歴史家タキトゥスの『ゲルマーニア』などに、わずかにゲルマン人の信仰の様子が記されているに過ぎない。

 一方、キリスト教の伝播が比較的遅れた北欧地域では、ゲルマン人独自の信仰が10世紀ごろまで維持されていた。北欧地域では、国家としてキリスト教化した後も、民間においては古代の神々への信仰が一部に残され、それらが語り継がれていった。

 このような伝承は、「エッダ」と呼ばれる詩文の形で記録され、現代にまで伝わっている。

 このように文献が残されたことにより、古代の信仰が失われた現代においても、北欧神話の全体像をある程度、窺い知ることができる。

北欧のキリスト教化

 北欧のキリスト教化は、9世紀半ばから始まり、およそ3世紀にわたって段階的に進行した。地域ごとに時期や方法に違いがあり、王権の強化や国際的な政治関係もキリスト教導入の背景に大きく関わっている。

 9世紀半ばから10世紀にかけてはデンマークとノルウェーで、11世紀にはアイスランドとグリーンランド、そして12世紀にスウェーデンでキリスト教への改宗が本格化し、北欧諸地域は次第にキリスト教世界に組み込まれていった。

デンマーク

 デンマークは北欧の中で最も早くキリスト教の影響を受けた地域の一つである。

  • 826年、ユトランド半島のジュート人の王ハラルド・クラクに随行して、フランク王国(当時のカロリング朝)から派遣された修道士**アンスガル(聖アンスガリウス)**が伝道を開始する。彼は後に「北方の使徒」とも呼ばれた。
  • アンスガルは、当初は十分な成果を上げられなかったものの、デンマーク王ホーリク1世の支援を得て布教活動を続けた。
  • 960年頃、**ハーラル1世(通称:ハラルド青歯王)**がキリスト教に改宗し、自国民に対してキリスト教への改宗を促進した。この時期にデンマーク国内で教会の建設や聖職者の配置が進められ、本格的なキリスト教化が始まる。

ノルウェー

 ノルウェーでは、王権の確立とともにキリスト教が導入された。

  • 934年、イングランドでキリスト教教育を受けた**ハーコン善王(ハーコン1世)**が王位に就き、ノルウェーで最初の布教活動を試みる。しかし、民衆の強い抵抗に遭い、キリスト教化はほとんど進まなかった。
  • 995年、ヴァイキングとしても知られるオーラヴ1世トリュグヴァソンが王位に就くと、異教徒への弾圧を行いながら強制的な改宗政策を推進。彼の治世下でノルウェー各地にキリスト教が広まり、教会の設立が進んだ。
  • その後、**オーラヴ2世(聖オーラヴ)**の治世(1015–1028)により、キリスト教は国家宗教として制度的に確立され、オーラヴ2世は後に聖人とされ、ノルウェーの守護聖人となる。

アイスランド

 アイスランドでは、キリスト教の導入は比較的穏健な形で進められた。

  • ノルウェー王オーラヴ1世の圧力を受ける形で、アイスランド社会にも改宗の必要性が生じる。
  • 1000年、全島民が参加する立法議会アルシングにおいて、信仰上の対立による内戦を避けるため、評議の決定によって全国的なキリスト教改宗がなされる。
  • 改宗後も一部の異教的慣習(例えば密かな異教の礼拝や幼児の間引きなど)が一定期間容認されるなど、柔軟な対応がとられた。

スウェーデン

 スウェーデンでは、キリスト教化の進行が他の北欧諸国に比べて遅れた。

  • 990年頃、王オーロフ・スコットコヌングがスウェーデンで初めてキリスト教に改宗した王となる。彼は最初にスウェーデンで硬貨を鋳造した王としても知られる。
  • 11世紀の間は、国内において古来の民族宗教(北欧異教)とキリスト教の信仰が共存していた。特にウプサラなどでは異教の神殿が根強く残っていた。
  • 12世紀以降、教会組織の整備が進み、異教の祭祀が衰退するとともに、次第にスウェーデン全域がキリスト教世界に統合されていった。

総括

 北欧のキリスト教化は、単なる宗教改革というよりも、国家形成、王権の強化、キリスト教世界(ヨーロッパ)との関係構築という側面を持った政治的・文化的な転換でもあった。こうして、かつてゲルマン神話や北欧神話が生きていた社会は、キリスト教を新たな信仰の中心とする社会へと変貌していった。

北欧神話を伝える文献

 北欧神話は、主に古ノルド語で書かれた「エッダ詩」や、「サガ文学」と呼ばれる中世の散文作品を通じて現代に伝えられている。特にアイスランドにおいて書き留められた文献が重要な史料となっており、13世紀の『スノッリのエッダ』と、17世紀に再発見・編纂された『詩のエッダ』が双璧をなす。

エッダ詩とスカルド詩

 北欧古来の文学には、「エッダ詩(Eddic poetry)」と「スカルド詩(Skaldic poetry)」の2系統がある。

  • エッダ詩は、比較的簡潔で古風な形式を持ち、神話・英雄伝説・倫理的格言などを題材としていた。詩形は主に頭韻詩で、口承文学の名残を残している。
  • スカルド詩は、9世紀ごろから宮廷で発展した詩形で、王や貴族の功績を称えることを主な目的とした。形式は非常に複雑で、高い修辞技法と特別な訓練を要するものであった。

 スカルド詩は主にノルウェーで誕生し、後にアイスランドで隆盛を極めた。詩人たちは多くが宮廷に仕える職業詩人(スカルド)であり、王侯の庇護を受けて活動していた。そのため、キリスト教伝播後も詩作活動は継続され、多くの作品が今日まで伝わっている。

ケニングとヘイティ

 スカルド詩には、特有の修辞技法である「ケニング(kenning)」と「ヘイティ(heiti)」が用いられる。

  • ケニングは、比喩的な複合語によって物事を表現する技法(例:「波の馬」=船)。
  • ヘイティは、より詩的な語彙で通常語を言い換える単語技法(例:「剣」を別の詩語で表す)。

 これらの技法には、北欧神話に登場する神々や伝説、象徴が頻繁に用いられていたため、スカルド詩を理解し作るには、神話に関する深い知識が必要とされた。

『スノッリのエッダ』

 『スノッリのエッダ』は、13世紀前半(約1220年頃)にアイスランドの詩人・歴史家スノッリ・ストゥルルソンによって書かれた、スカルド詩作法の教本である。

 本来は詩人たちが技巧的なスカルド詩を作るための手引きであったが、北欧神話の伝承を詳しく解説しているため、現代では北欧神話研究における最重要文献の一つとされている。

構成は以下の三部からなる

  1. 『ギュルヴィの惑わし』(Gylfaginning)
     スウェーデンの王ギュルヴィが旅人に姿を変えて神々の住まうアースガルズを訪れ、オーディンや他の神々から北欧神話を聞くという物語形式で、神々の起源、世界の創造と終末(ラグナロク)などが語られる。
  2. 『詩語法』(Skáldskaparmál)
     詩の神ブラギが海神エーギルに詩の技法を教えるという設定で、ケニングの解説や神話的比喩表現の一覧が紹介される。
  3. 『韻律一覧』(Háttatal)
     スノッリ自身が作成した詩の作例集であり、様々な詩形とその技法が示されている。

 当初は単に『エッダ』と呼ばれていたが、後に発見された古写本の詩文と区別するため、現在では『スノッリのエッダ』または『散文のエッダ』と呼ばれている。

『詩のエッダ』

 『詩のエッダ』は、17世紀に再発見された古写本「王の写本(Codex Regius)」を中心に編纂された、神話詩と英雄詩の集成である。

  • 1643年、アイスランドの司教ブリニョールヴ・スヴェインソンによって「王の写本」が発見され、デンマークの王立図書館に寄贈されたことで広く知られるようになった。
  • 『詩のエッダ』には、オーディン、トール、ロキといった神々の神話を語る詩や、シグルドらゲルマン系英雄の叙事詩が含まれており、口承文学の色が濃い原初的な詩群とされている。
  • 各詩には作者名がなく、成立時期は9世紀から13世紀の間とされるが、内容はさらに古い時代に遡る可能性がある。

サガ文学

 「サガ」とは、中世アイスランドで書かれた散文文学を指し、12〜14世紀にかけて成立した。

  • 内容は、アイスランドやノルウェーの歴史、入植者たちの生活、戦い、英雄の物語などが中心であり、神話そのものを題材としたものは少ない。
  • 詩と同様に口承伝統に根ざしており、文化的・歴史的価値が高い。

北欧神話と関係のある主なサガ:

  • 『ヘイムスクリングラ』(Heimskringla)
     スノッリ・ストゥルルソンによるノルウェー王朝の通史であり、冒頭部分では神話時代の神々を王の祖先として描いており、北欧神話の補足資料となっている。
  • 『デンマーク人の事績』(Gesta Danorum)
     12世紀末にデンマークの歴史家サクソ・グラマティクスによってラテン語で記されたデンマークの王朝史。前半部分では神話的・伝説的要素が強く、やはり北欧神話の一側面を伝える資料とされる。

まとめ

 北欧神話は、口承を起源とする伝承をもとに、詩文と散文の両方の形式で記録され、現在まで伝えられている。特にアイスランドの文献は、キリスト教化が遅れたこともあり、古代ゲルマン的精神と神話的世界観が色濃く保存された貴重な資料となっている。

参考

池上良太『図解 北欧神話

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