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言語は「心の中の器官」である──チョムスキーのメンタリズムとは何か

科学半解

言語学入門
言葉を巡る問い ― チョムスキーと認知革命 その3(全4回)

チョムスキーを現代から読み直す

 ノーム・チョムスキーが自らの言語理論を打ち立てた20世紀半ば、今日のような意味での脳科学はまだ確立されていなかった。そのため彼は、自らの立場を説明するにあたり、主として心理学の語彙に依拠せざるを得ず、その枠組みを「メンタリズム」と呼んだ。

 しかし、これは、誤解を招きやすい呼称だ。ここで言う「心」とは、曖昧で主観的な内面を指すものではない。むしろそれは、本来、脳に内在する認知機能の一つとしての言語能力、すなわち構造と機能を備えた情報処理システムを意味しているのである。

 チョムスキーの著作が読みにくいと感じられる理由の一つもここにある。彼の議論は革新的である一方、当時利用可能だった概念装置に制約されており、用語と実態のあいだにズレが生じている。だが逆に言えば、その理論は現代の脳科学や情報科学の枠組みを通して見直すことで、むしろ驚くほど明晰に理解できるようになる。言い換えれば、チョムスキーのメンタリズムとは、時代に先行して提示された心の計算理論にほかならない。

 ここでは、この点に注目し、メンタリズムという概念を心理学的立場としてではなく、現代的な認知科学の視点から再構成することで、その理論的核心を明らかにしていこう。

1. 心と認知システムの位置づけ(メンタリズムの基礎)

  チョムスキーのメンタリズムにおいて、心(mind)とは、脳内に存在する複数の下位システム、すなわち認知システムの集合体として捉えられる。
 各認知システムは、それぞれに固有の機能、独自の構造原理、そして内部表現を持っている。そのため、これらは単なる漠然とした「能力」ではなく、明確な構造を持つ「システム」として科学的に研究することが可能だとする。

 チョムスキーはこれらのシステムを「心的器官(mental organs)」と呼ぶ。認知心理学とは、こうした心的器官の構造と働きを明らかにする学問である。そして最終的には、これらのシステムが持つ物理的・生物学的機構──すなわち脳内の神経機構──が解明されることで、認知心理学は自然科学の一部へと統合されていく、という見通しを立てる。

 要するに、メンタリズムの基礎にあるのは次のような明確な立場だ。
 「心」を構造と機能を持つ生物学的システムとして科学の対象とすること──
 このようにして、心を曖昧で捉えどころのない概念として捉える従来の一般的な考え方からの脱却を図っている。

2. 言語は「心的器官」である

 チョムスキーは、人間の脳を単一の一般能力としてではなく、複数の専門化された機能から構成されるものと捉える。そして、言語はその中の一つとして明確に位置づけられる。

 言語は、視覚系や運動系といった他の生物学的機能と同様に、固有の構造と機能を備え、脳内に実装された実在的なシステムである。したがって、それは社会的慣習や発話行動の産物としてではなく、生物としての人間に内在する機能として理解されるべきである。

 この観点に立つと、言語学の位置づけも大きく変わる。言語学はもはや人文学の一分野にとどまらず、認知心理学の一部であり、さらに広い意味では人間生物学の一領域として再定位されることになる。

3. I言語とE言語──研究対象の転換

 では、認知科学の対象となる「言語」とは、具体的に何を指すのだろうか。この点を明確にするために、ノーム・チョムスキーは「I言語」と「E言語」という区別を導入し、研究対象そのものを再定義した。

 I言語(Internalized language)とは、個人の心/脳内に存在する規則と表象の体系を指す。これは、文の生成や理解を可能にする内部構造であり、言語能力の実体にあたる。一方、E言語(External language)は、実際に発話された文の集合や、社会的に観察される言語現象全体を意味する。日常的に「言語」と呼ばれているのは主にこちらだが、チョムスキーにとってはあくまで二次的なものである。

  • I言語(Internalized language)
    個人の心/脳内に存在する規則と表象の体系
  • E言語(External language)
    実際に発話された文や社会的な言語現象の集合

 彼が主張するのは、科学的研究の対象とすべきはE言語ではなくI言語であるという点だ。E言語は歴史的・社会的要因が複雑に絡み合った雑多な集合であり、そこから一般的な原理を抽出することは困難である。それに対してI言語は、内的に整合的な構造を持つ体系であり、理論的説明の対象として適している。

 この区別がもたらす転換は決定的だ。言語研究の焦点は、外に現れた言葉の記述から、言葉を生み出す内部の仕組みの解明へと移行する。すなわち、言語とは何かという問いは、もはや「どのような文が存在するか」ではなく、「どのような構造がそれらを可能にしているのか」という問いへと書き換えられているのだ。

言語研究の焦点は、
外に現れた(表現された)言葉 → 言語を生み出す内部の構造
へと移行する。

4. 普遍文法──言語の「初期状態」

 言語が「心的器官」である以上、それは人類という種に固有の能力であり、生得的に備わっているものでなければならない。

 チョムスキーは、人間は生まれながらにして、言語の基本設計図ともいうべき原理体系を内在していると考える。この生得的な枠組みは「初期状態(initial state)」と呼ばれ、理論的には「普遍文法(Universal Grammar, UG)」として定式化される。

 子どもは、周囲から受け取る言語入力(primary linguistic data)を手がかりに、この初期状態を具体的な個別言語へと発展させていく。
 ここで最も重要な点は、言語獲得の過程が、従来の意味での「学習」とは根本的に異なるということだ。子どもは外部から規則を一つひとつ習得していくのではなく、あらかじめ心/脳に備わった内部構造(普遍文法)が、限られた入力を契機として自ら展開・成熟していくのである。したがって、言語獲得とは、単なる知識の蓄積ではなく、内的構造の成長過程として理解される。

5. 原理とパラメータ──言語差の仕組み

 では、なぜ世界にはこれほど多様な言語が存在するのだろうか。もし普遍文法が人類に生得的に備わっているのだとすれば、すべての人間が同じ言語を話すようになってもおかしくないはずだ。この一見した矛盾に答えるため、チョムスキーは、「原理とパラメータ」というモデルを提示する。

 このモデルは、普遍文法を次の二つの要素に分けて考える。

  • 原理(Principles)
    すべての人間言語に共通する普遍的な規則。言語の根本的な構造を規定する不変の部分。
  • パラメータ(Parameters)
    言語ごとの差異を生み出す「スイッチ」のような設定項目。有限の選択肢を持ち、言語によって異なる値を取る。

 たとえば、

  • 動詞と目的語の語順(SVO型かSOV型か)
  • 主語の省略が可能かどうか

 といった違いは、このパラメータの「オン/オフ」によって決定される。子どもは、生得的に備わった普遍文法(初期状態)を基盤に、限られた言語入力を手がかりとしてこれらのパラメータの値を設定していく。すなわち、無限に見える言語の可能性を、少数のスイッチの組み合わせによって有限に絞り込む。これにより、子どもは膨大な言語データを一つひとつ学習することなく、短期間のうちに特定の言語を獲得することが可能になる。

6. 言語は計算システムである

 チョムスキーはさらに、言語の本質を「計算システム」として規定する。言語の理解や生成の過程には、表面的には現れない次のような要素が深く関与している。

  • 見えない構造(空範疇:empty categories)
  • 抽象的な表象
  • 厳密で形式的な規則体系

 これらは、単なる経験の蓄積やそれを基にした類推によって説明できるものではなく、言語が持つ内在的な計算過程の存在を示している。

 その結果、チョムスキーは言語を次のように捉える。言語とは、規則と抽象的な表象からなるデジタル的計算システムである。このシステムの最大の特徴は二つある。
 第一に、有限の規則から無限の文を生成する「離散的無限性(discrete infinity)」という特性を持つこと。第二に、極めて高度に構造化されていることである。このような性質は、他の生物的機能にはほとんど見られない、人間言語に特有の顕著な特徴である。

7. 意味と概念の生得性

 メンタリズムは、文法(統語)の領域だけでなく、意味の領域にも及ぶ。

 チョムスキーによれば、子どもは言語を学び始める以前から、すでに一定の概念的な枠組みを備えている。すなわち、物体、出来事、関係性、因果などについての基本的な概念構造が、生得的に心の中に存在していると考える。
 この立場からすると、語彙の習得とは、まったく新しい概念をゼロから学ぶことではなく、既存の概念に言語的なラベル(言葉)を対応づける過程にすぎない。この仮説は、次のような事実によって強く裏付けられている。

  • 子どもが語彙を異常な速さで獲得すること(語彙爆発)
  • 生まれつき盲目の子どもでも、「見る」「赤い」「影」といった視覚関連の語彙を自然に習得すること

 これらの現象は、概念が言語経験に先立って存在していることを示唆している。

8. メンタリズムの意義

 以上を踏まえると、チョムスキーのメンタリズムは次の三点に要約できる。

  • 言語は社会的習慣の集合ではなく、内的構造である
  • 言語能力は生得的である
  • 言語は計算システムとして機能する

 この立場は、20世紀中盤まで主流だった行動主義的言語観――すなわち、言語を習慣・模倣・強化によって形成されるものとする考え方を、根本から覆すものであった。

 チョムスキーのメンタリズムは、「人間はなぜことばを話せるのか」という、人間存在そのものに関する根源的な問いに対する、明確で大胆な答えである。
 言語は文化や社会の産物である以前に、生物としての人間に深く組み込まれた能力である。この視点に立てば、言語の研究は同時に、人間の本性や心の構造を解明する試みとなる。メンタリズムとは、まさにこのような人間観の根本的な転換を意味している。

 そして今日、この問いは心理学の問題にとどまらず、脳科学および認知科学の中心的な問いとなっている。チョムスキーが半世紀以上前に提示した理論は、現代の脳科学・認知神経科学の知見と照らし合わせながら、改めて読み替え、発展させていく必要があるだろう。

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