プラトン『パイドン』(385 BC?)
プラトン中期の代表作
『パイドン』は、毒杯を仰ぐソクラテスの最期の姿を描いた作品。哲学的のみならず、文学的にも優れた内容で、プラトン中期を代表する著作だ。
「魂の不死について」という副題が付いているように、死を目前にひかえたソクラテスが、魂の不滅を議論する内容になっている。
議論の相手となったのは、ピタゴラス学派のシミアスとケベス。
この魂の不滅を証明する議論の中で、「イデア論」と「想起説」というプラトン哲学の中核的な思想が語られることになる。
プラトンは、ソクラテスの口を借りて、この議論の中で、物質に対する理念、生に対する死、肉体に対する魂のそれぞれの優位をはっきりと述べている。
プラトンのこのような考えには、純粋に抽象的な数学的概念を神秘的な存在として捉えていたピタゴラス学派の影響があると言われている。
ソクラテスが亡くなったのが前399年。プラトンの一度目のシケリアへの旅が、前388年。南イタリアは、ピタゴラス教団が活動の中心としていた地であり、このシケリア(シチリア島)でプラトンはピタゴラスの思想に触れ、イデア論と想起説を着想したと考えられている。
『パイドン』は、シケリアからの帰国すぐに書かれたものだろう。この著作以降、プラトン自身の思想がはっきりとした形で現れてくる。
想起説とイデア論
現象を抽象化し、概念として把握することは、人間の知的作業の根本である。この抽象化と概念把握の能力をなぜ我々は生まれながらにして持っているのか、というのがプラトンにとっての根本的な問いであったはずだ。この問いに対するプラトンの解答は、「魂が生前の世界において知っていた」(想起説)というもので、今の我々からすると受け入れがたいものだ。
だが、人間の思考能力の原点が、抽象化と概念化にこそあるというプラトンの直観は驚異的だ。人間の知的作業が、多様な現象を抽象化し、概念として把握することにあると気が付いていたことの方がより重要なのだ。
抽象的な概念は、言語でも数学的なものでも、現実の物質世界の中には見出すことはできない。「小さい」「大きい」「等しさ」「善」「美」といったすべての概念は、具象化された現実の中で把握することができるが、それそのものを把握することはできない。理念としてあらわされるものだけが完全であり、現実で見るものはすべて不完全で相対的なものでしかない(イデア論)。現実の世界で知りうることのできないこのような抽象的概念をわれわれはどうやって知ることができるのか。
プラトンの説に従えば、魂が帰っていく生前の世界があるということになり、それは、彼にとって魂不滅の根拠ともなる。
この魂の世界は、さまざまな神話を織り込みながら、プラトンによって美しく語られていく。ここに哲学と文学の稀有に優れた融合を見ることができる。
プラトンは、魂の不滅を信じ、それを説いて聞かせることで、師の不条理な死を弔ったのだろう。