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言語学小史 – 町田健『ソシュールと言語学 コトバはなぜ通じるのか』(2004)

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町田健『ソシュールと言語学 コトバはなぜ通じるのか』(2004)

言語学小史

 2004年刊行。
 ソシュールの言語学とその後の言語学の歴史を概説している。

 ソシュールは、ある一つの単語の意味は、言語という体系の中で他の要素との関係性によって決まるということを指摘して、近代言語学の基礎を築いた。ソシュール自身は「構造」ではなく「体系」という言葉を使っていたが、要素還元主義や意味の本質主義を否定した彼の考えは、当時、構造という言葉によって理解されていたため、ソシュールの言語学は、後に構造主義言語学と呼ばれるようになる。

 そして、差異の体系というこのソシュールのアイディアを実際の言語分析に応用するための方法論を提示したのが、1926年に結成されたプラハ言語学派だ。彼らは弁別素性によって音素を分析するという手法を確立した。

 その後、構造主義言語学は、音声、音韻論の研究が中心となる。発話として現れる音声が唯一客観的に観察できる対象であるため、言語学を科学として確立するためには言葉の意味よりも音声が重視されたからだ。この客観主義の立場から、アメリカ構造主義言語学は、音素分析に相補分布や自由変異の概念を導入して音韻論を完成させている。
 その後はチョムスキーなどの生成文法論などが現れ、ソシュール以降の構造主義言語学で重視されてこなかった言葉の意味や文構造が研究の中心となっていった。

 本書の特徴を挙げるとすれば、他の言語学史の本であまり触れられることのないイェルムスレウのコペンハーゲン学派にかなりのページを割いているところだろう。イェルムスレウは、ソシュールの関係性という概念を徹底化して、言語内の関係性のみを分析対象とすることで、個人の心理を排した言葉の意味の分析が出来ると考えた。言語学を範疇の科学として確立しようとしたのがコペンハーゲン学派なのだという。

言葉が通じるという謎はそのまま

 本書の裏主題として「コトバがなぜ通じるのか」というソシュールの最初の問題意識が掲げられているが、この問題意識が後の言語学者たちにどのように引き継がれていったのかという歴史が垣間見れて非常に興味深い本だった。

 ただ難点を言うと解説が終始、抽象的で分かりにくい。文章も決してわかりやすいというものではなく、専門用語や哲学的な概念をさらっと一言解説しただけで、その議論をどんどん進めていってしまうため、元から言語学を知っている人には理解できるが、初めての人には何を言っているのか分からない、といった類いの解説本になっている。
 本書は、言語学史をただ素描しただけの本なので、「コトバはなぜ通じるのか」という問題を掘り下げて考えてみたかった人には少し残念な本だ。著者自身がこの問題をどう考えているのかを知るためには、また別の機会を待つしかないだろう。