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千言万句

  • 2019年1月18日

カフカ短編小説

 カフカは、未発表や未完成作品を含めて、数多くの短編を残した。カフカの短編小説の多くは、寓話(parable)と呼ぶべきものであって、話の筋や流れ自体にほとんど意味がない。そのため、その話が何を物語っているのか、いろいろと解釈する必要がある。  実存主義、ユダヤ教、20世紀初頭のプラハ、病と孤独、複 […]

  • 2018年1月15日

水村美苗『日本語が亡びるとき』(2008)

消えていく言語  一説では、現在世界に5000から8000の言語が存在しているといわれる。数え方にもよるが、少なくとも3000近くあると見るのが一般的らしい。 世界には多種多様な言語が存在しているが、それと同時に消滅の危機に瀕している言語も数多く存在している。その数はユネスコの発表によれば、2009 […]

  • 2016年8月22日

ホラティウス『詩論』(B.C. 1c)

 ミネルウァの意に添わないなら、あなたは語ることもつくることもいっさいできないだろう。これこそあなたの判断であり、良識である。けれども、将来あなたが何かを書いたなら、まずそれを批評家のマエキウスと父上と私に読んで聞かせてから、原稿を家の奥深くしまい、九年目まで待つこと。まだ発表していないものは破り捨 […]

  • 2016年1月10日

斎藤兆史『英語達人塾』(2003)

 巷に溢れる大量の安易な英語学習本に背を向け、本気で英語を習得しようという人に向けた本。  本書が目指すところは、ひじょーに次元が高い。  「Native English speakers並みを目指す!」  。。。というのではない。 Native speaker以上を目指す!というのだ。生半可な気持 […]

  • 2015年9月4日

加賀野井秀一『日本語を叱る!』(2006)

タコツボ化する日本語  2006年刊行。 前作『日本語の復権』と同じく、「甘やかされた日本語」に喝を入れ、日本語の表現能力を鍛え直そうというもの。前作よりも読みやすく、論旨も掴みやすくなった。  日本人は、相手の察する能力に依存して、表現を短縮したり、曖昧にしたままで意思の疎通を行ってしまう。気心の […]

  • 2015年9月3日

加賀野井秀一『日本語の復権』(1999)

表現能力が衰退し、形骸化する日本語  1999年刊行。 日本語から見る日本人論。日本語による表現は、極度に相手の察する能力に依存していて、話者の表現能力の衰退を招いている。その結果、言葉が形骸化し、内実を失った表現が巷に氾濫するようになった。街路で無闇に流される宣伝・注意放送の騒音、紋切り型で形式的 […]

  • 2015年5月8日

町田健『ソシュールと言語学 コトバはなぜ通じるのか』(2004)

言語学小史  2004年刊行。 ソシュールの言語学とその後の言語学の歴史を概説している。  ソシュールは、ある一つの単語の意味は、言語という体系の中で他の要素との関係性によって決まるということを指摘して、近代言語学の基礎を築いた。ソシュール自身は「構造」ではなく「体系」という言葉を使っていたが、要素 […]

  • 2015年2月12日

丸山眞男・加藤周一『翻訳と日本の近代』(1998)

 日本の近代化を支えた翻訳文化をめぐる対談集。良くも悪くも日本の近代化は翻訳を中心に進められた。その思想史的な意義と功罪をめぐって、戦後日本を代表する思想家二人による対話が交わされている。 翻訳文化の始まり  日本の近代化は、19世紀半ば、ペリー来航(1853)から日露戦争(1904-05)まで、つ […]

  • 2015年2月11日

外山滋比古『日本語の感覚』(1975)

 前著『日本語の論理』において欧米言語と日本語の特質の差を名詞構文と動詞構文の差として特徴付けた外山氏だが、本書ではこの全く性格を異にする欧米言語を日本人がどのように受容していったのかその歴史に焦点が当てられている。  欧米言語は、思考の中心を名詞によって概念化し、それを動作主(主語)、作用(動詞) […]

  • 2015年2月10日

外山滋比古『日本語の論理』(1973)

西欧語との対峙  著者の外山氏は1923年、大正12年の生まれ。第二次大戦が始まる直前から戦中にかけて英文学を学んだ。  この頃はまだ、日本語は非論理的であるという明治以来の根強い言語観が残っていた時代だ。当時、外国文学を学ぶということは、一方の日本語をどう評価するか、どのように近代言語へと近づける […]